お侍様 小劇場 extra

    “梅雨つゆ、追っ払い” 〜寵猫抄より
 

今年の梅雨は、何の祟りか ずんと長引き。

 『始まるのが遅かったものね』
 『そうそう、最初にどっと降って“梅雨入り”って発表した途端、
  いいお天気が何日も続いたりしたしね』

そんな言いようでは到底追っつかないくらい、
途轍もないレベルの豪雨驟雨が連日襲い、
ところによっては土石流も起き、竜巻まで吹き荒れた、
大荒れの長梅雨となってしまって。
しかもそれが八月を目前とする頃合いになっても、
終息の兆しすら見せなくて。

 『いわゆる“冷夏”になってしまうのでしょうか?』
 『いえ、その点は大丈夫ですよ。』

やや自信無さげに応対していたお天気予報士のお兄さんが、
後日にホッとして見せたのが、
何とか長かった雨が上がり、
待望の夏の日和が戻って来たせいでもあったのだが。



 「…………にゅう〜〜〜。」
 「う〜んとぉ。」

リビングからお庭を望めるようになった、
天井間近まである大きな掃き出し窓の向こうには。
その緑が深まるばかりのツツジやアジサイ、奥には桃の木。
此処を住居としていた先代の島田さんチのお血筋の方は、
余程に園芸がお好きだったらしくって。
節分のヒイラギから七夕の笹、
重陽の節句の茱萸に、
お正月に床の間へ飾る南天や万両までと、
さほど広大でもない庭なのに、様々な樹や花が揃っており。
それらの茂みが全て、
夏を迎えてのそりゃあ深い緑を
更に濃い色へと塗り替えんとしてか、
瑞々しくも濡らしている風景が、
今日も今日とて広がっているものだから。

 「みゅう〜〜……。」

まだまだ幼い坊やだのに、
一丁前にもつんと尖った上唇。
それを今は ちょみっと突き出していて。
やわやわな頬も心なしかむくれておいでだし、
うるるんとして潤みに浸された赤い双眸といい、
小さな顎を首へと引いた、うつむきかかったお顔といい、
作りが稚いせいで微妙ながらも、
立派に恨めしげな趣きを呈している模様。

 (雨あめ、キライっ。)

仔猫さんの姿しか見えぬ人には、
大人の手の中、やすやすとくるみ込めそうな、
そりゃあ小さなメインクーンのおチビさんが、
時折お耳をぴくくっと震わせつつ、
ガラス窓の際へちょこり座っているようにしか見えないだろうが。

 「久蔵、見てても今日はお昼まで止まないってよ?」

先日締め切りを無事にクリアした島田先生の作品へ、
どの書物の何の項目を資料にしたのか、
のちのちに引用が要るようになった折に便利なようにと、
整理していた敏腕秘書のお兄さん。
同じリビングの、されどテーブルからは離れられない身なのでと。
已なくお声で“こっちへ戻っておいで”と促しておいで。
朝のニュースショーでも、
そりゃあいいお天気の各地の模様、
海水浴だの花火大会だのという、
夏の風物詩を添えて映し出されていたものの。
関東地方と東北の一部では、今日だけ雨が残るとも言っており。

 「梅雨の雨はもうお仕舞いしたから、
  これが上がればいいお天気になるって。」

あとちょっと、半日、いやさ今日だけ我慢すれば、
すぐにも晴れるぞと、しきりとお声を掛けているのだが、

 「みゃうにー。」

ほてんと座り込んでるお尻の丸みが何とも可愛い、
あんなに小さな坊やでも。
ずっとすっかり後ろを向いたままでいられると、
案外と切ないもんである。

 「久蔵〜。」

こっちへおいでよぉと、何度もモーション掛けている七郎次ではあったが、
開いていたPCからメールが来たよという電子音やら、
ダウンロード完了しましたという合図、
“ちゃんっ”という例の音やらが鳴るたんび、
ついつい視線も注意もPCのほうへと向いてしまうので。

 「…………みゅ。」

呼んだからそっち向いたのに、
シチ、こっち向いてないじゃないか…と。
小さな肩越しに見えた風景へ、
ますますのこと、小さなお口がむうとひしゃげる悪循環よ。

 (〜〜〜。)

でもね、シチが悪くはないの。
おしもとだもの、しょうがない。
さあさあと静かな雨こんこが降るお庭を見つめて、
小さな仔猫、小さな肩をしょんもりと萎えさせる。
おもちゃもあれこれあるけれど、
独りで さわってても、おもしくないの。
おしゃかなのふーせんも、
たなばたのキラキラ飾りも、
なんか、シチがフリフリしてくりないと、
ゆーわくさえゆだけの魅力、ないの。
パチパチ・カシャカシャ、薄ぺったいテレビみたいのの、
いっぱいぱいあるボタンを押す“おしもと”は、
すぐにも終わゆって、シチ、ゆってたのにね。

 「…あ、は〜い。」

ピンポンがすると玄関まで行かなきゃいけなくて、
朝からこれで何度目かしらね。
シュマダもご飯食べたらドロンしちゃって、
書斎にお籠もりしてゆしサ。

 「みゅーっ。」

雨あめ きやい。ヒョゴ兄もキュウ兄も来てくんないもの。
お庭のモクエンの木、登れる…よになったかもなのにね。
ここのカーテン、上まで登りるのよ?
木登りのせんせえの、キュウ兄に見したげたいのにね。
え? シチに降ろしてもやってる?
そりはナイショ、い〜い?


  ……などなどと。


つれづれなるままに、
いろいろぼんやりと想いを巡らせていたおチビさん。
せめて上がる間際に居合わせたいのか、
なかなかの根気で、代わり映えのしない風景を、
じっとじっと眺めていたけれど。

 「む〜っ。」

湿気がくすぐったか、お耳の下が痒くなって。
肩先にうにむに押しつけても収まらず。
じゃあと、小さなお手々で掻こうとしたけれど、
バランスが悪かったか、背後へこてんと転げかかって。
はにゃっと焦っての、じたばたしていたその視野へ、

  ―――――― え?

思わぬ影が映ったもんだから、
驚いて動作が止まったからのこと、
結局パタンと倒れてしまったのも気にならない。
だって、だって……。

 「みゃっ、にゃあっ。みゃああっ!」

じたじたばたばた、フローリングの上で手足をもがかせ、
ああ・そっかと背中を丸めて寝返り打って、
やっとのことで起き直り。
爪でかしかし、すべる床をば蹴って蹴って、
窓の間際へ…お顔がくっつくほどの傍へと駆けつける。
ああ、ちめたいガラスが邪魔なのっ、
これどけてっ!
どいて、これっ!

 「久蔵?」

何やら大騒ぎしている気配を聞いたか、
廊下のほうからひょこりと顔を出したのは、
冬眠明けの熊…もとえ、
気分転換にと書斎から出て来たらしき、島田先生だったのだが、
いつもなら何をさておいても彼の方から駆け寄ってくるものが、
今日はといえば…その場でじれったげに、
まるで地団太でも踏むよに、
覚束ないながらも飛び跳ねて見せ、

 (シュマダっ、これ、これ開けてっ!)

みゃあぁん、にゃぁあんと、
日頃にはない急きようの鳴き方に。
何事かまでは判らぬまでも危急の事態ではあるらしいと感じ取り、

 「窓か? だが、外は雨だぞ?」
 「みゃあんっ!」

聞こえているやらいないやら。
小さな紅葉のような双手を広げ、
何度も何度も打ちつけて見せまでする様子には逆らえず。
大きなスタンスで歩み寄り、
仔猫には重かろうサッシをからから開けてやれば、

 「にゃっ!」
 「お。」

これまでは、どういう刷り込みがあってのことか、
それとも登るのと降りるのは別なのか。
カーテン登りは出来るのに、
大人の肩口ほども高いブロック塀の上、
トコトコ歩くのも好きなのに。
この框の段差がどうしても降りられなかった久蔵が。
窓が開き切るのももどかしげ、
そりゃあ鮮やかにヒラリと飛び降りたおチビさん。
靴脱ぎ石へと一旦降りて、
そしてそのまま、しとしと降り続く雨の中へ、
勢いよくも駆けてった先には……。



   こんな大変なお天気の中、それでも来てくれてありがとねvv
   あっちのお国の、大好きな大好きなお兄ちゃんvv






  〜Fine〜  09.08.03.


  *藍羽さんチで、お兄さんキュウの冒険噺をUPされてらしたので、
   あまりの可愛ゆさに、その頃のこちらを書いてみたくなりました。
   とっても勇敢で心優しい、真っ直ぐ素直なお兄さん。
   小さな久蔵にも、是非とも見習ってほしいものですvv
   (『
Sugar Kingdom』様は こちら。)

  *………で。
   おまけというか、何というか。
   大歓迎は勿論だけれど、風邪を引いたら大変と。
   まずはと お風呂を勧めてから。
   濡れた身が温まったところ、丁寧に拭って差し上げつつ、
   こっそりと七郎次さんが訊いたのが、

   「…あのね? ウチの久蔵って、人の言葉が判っているの?」

   何たって微妙に確かめようがないことです。
   大した弊害はなかったので、
   ちゃんと理解している…と思っちゃいたんですが。
   検証出来る存在がいるのだから、
   一度は訊いておきたかったらしいです。
   柔らかな毛並みをまとった三角のお耳、
   やさしく拭ってくれた七郎次へ、
   キュウゾウくんは事も無げに、

   「? うん、大体は。」

   大体は?
   うん。難しいことは、まだ判んないらしいぞ? こないだも、

   「お盆ああせの前だよし、進行がちょっち きょーこーで、
    ヘエさんのエス社さんのとこのはんぺんは、
    きちゅいかも しえましゃんねぇ…ってシチが言ってたけれど、
    何言ってるのか判らなかったって。」
   「そ、そうなんですか。////////」

   意味は判らなくとも、一応は覚えとこうと聞いてたらしく。

   “なんて賢いんだ、久蔵ったら。////////”

   ………もしもし? そこのお母さん?
(笑)

感想はこちらへvv

ご感想はこちらvv


戻る